2015/05/19

膵臓インスリノーマ

インスリノーマとは、膵臓ランゲルハンス島のインスリン分泌細胞の癌である。インスリン過剰のため、低血糖症状を示すその典型的な症状から発見が早い。膵臓やその他の臓器に発見された腫瘤は切除する。すでに転移している場合には長期生存はあまり望めない癌である。

外科医としては、実は膵臓はあまり好きではない。機嫌を伺うのが難しいのだ。

膵臓は血糖値をコントロールするインスリンを作っているだけではなく、蛋白を消化する強力な消化液を作っている。その消化液は普段は自分の身体を溶かさないようになっているが、きっかけをもらうと自分の身体であろうと消化してしまう力を持っている。そのきっかけが完全には解明されていない(解明されれば膵炎は怖い病気ではなくなるだろう)。手術で触っても引っ張っても、怒らない時は怒らない。でも怒るときはほんとに怒る。可能な限り炎症を起こさないように配慮し、予防的にダルテパリンを投与し、あとは祈るだけ。
そんな臓器である膵臓に癌が居る。しかもはじっこではなく膵体部。場合によっては治療を諦める場所である。

しかしCTのお陰で今回は、切除可能と判断した。最も大事な副膵管、総胆管、動脈からはギリギリ切除できるゆとりがあった。計測では膵十二指腸動脈からわずか7mmだが、解剖学的にはもう少しゆとりある(はず)。あとは覚悟を決めて、手早く切除する。残る場所が怒り出さないように優しく、しかし早く病巣を取る。これには従来のほじる方法は危険だ。左葉ごと一括切断して、素早く切除すべきである。

外科医の覚悟はできた。しかしハイリスクであることに変わりはない。患者さん側にも命の覚悟をしていただく。双方覚悟できない場合には手を出してはならない手術である。

膵臓切断では、血管膵管の処理が重要となるが、ギロチン法と呼ばれる縫合糸による結紮やシーリング装置、電気的な焼烙などがある。どの方法も一定の確率で膵臓を怒らせるが、経験上、ヘモクリップが良い。今回はリーガクリップLを5発使用し、膵体部を切断した。板状の構造を素早く確実にそしてやさしく結紮しながら切断する。

人では、膵体部を切除し、膵左葉の膵管を空腸へ縫合する「マイクロサージェリー」が行われるそうだが、まだ獣医では患者さんに適応できるレベルにない。幸い、膵臓は肝臓のように強い臓器であり、90%まで切除しても消化、血糖制御に影響はでない。

膵体部から左葉の一括切除。手術はイメージ通り、予定通り終わった。あとは膵臓が怒り出さないように祈るばかり。

1週間後、経過を聞いた。2日目に多少炎症反応が出たようだが、膵臓が怒り出すことはなかったそうだ。手術は、家に無事帰るまでが手術。緊張が、ようやく解けた。


2015/05/17

橈尺骨骨折



友人から連絡があった。知り合いのポメラニアンが骨折した。実は4日目、待たないほうが良いだろう。準備をしてつぎの日の夜、診察後に急行した。

橈尺骨骨折。尺骨は折れているが、骨膜が残っているのか変位がない。橈骨は骨幹部遠位短斜骨折。小型犬で最も多いタイプ。

今回は、文明の利器をかりた。シンセスVPロッキングコンデュラープレート1.5mm。
安定感抜群のこのロッキングシステムはかつては2.0mmしかなかった。このシステムは小型犬ほど力を発揮するだろうに、と待っていたものだった。


新しい技術は、理にかなったものであれば、外科医の技術を下げるとは思わない。先輩方の技術を学ぶだけでなく、常に新しい技術を生み出し使いこなして、外科という分野を先輩方の先へ進めることが若手(もう若くないが)の義務と思う。

2015/05/12

急患の手術

異物による腸閉塞疑い。
腸間膜基部への癒着

異物を容れて拡張した小腸は、腸間膜基部、膵臓左葉、脾臓に癒着。

すべての剥離は長時間となり侵襲が大きすぎると判断し、最低限の剥離とするため、腸間膜基部の癒着のみ、腸間膜動静脈を損傷しないように時間をかけて剥離し、膵左葉辺縁、脾臓は一括切除した。

腸間膜動静脈を傷害しないよう剥離
癒着や炎症が原因なのか、閉塞が先だったのか判断しにくい状況であったが、切除後の経過は良好であり、無事退院。

2015/05/04

ビルロート1型

幽門切除(胃腫瘍)

胃と十二指腸の堺にあるのが幽門である。今回は胃の腫瘍がその門に迫っていた。いやこれを越えていたのかもしれない。幽門部は拡張し幽門の括約筋は判別できなかった。

この場所には、手術難易度を決めるもうひとつの門がある。肝門部と呼ばれるその狭い門には、総胆管、門脈、肝動脈が通り、膵体部が近い。この門が侵されてしまうと手術のハードルは格段にあがる。ヒト医療では、胆管十二指腸吻合や膵管十二指腸吻合など高難度手術により拡大切除した後に再建可能であるが、獣医療では、すくなくとも標準治療としては行われていない。術前の説明としてはこの大事な門がやられていた場合、「開け閉じ」を覚悟していただくことを説明しなければならないため、幽門切除、ビルロートI型、胃十二指腸吻合というと合併症の多い高難度手術という印象がついてしまうが、幽門を切除すること自体が合併症多い訳ではないのだ。

CTを見るかぎりこの「もう一つの大事な門」はやられていなかったし、開腹触診でも大丈夫であった。総胆管を傷つけないように肝門部および小網の脈管を丁寧に胃と十二指腸から剥がし、大網も同様に胃から外せば、あとは病変を切除し、丁寧に端端吻合するという一般的な消化器手術である。

ただし、触診上(肉眼上)では取り切っても顕微鏡レベルで浸潤していれば残念ながら再発する。しかしそれを危惧して拡大切除するとほとんどの症例が大事な門を犯してしまい、治療できないことになる。このマージン判断は症例ごとに手術中に判断によるところが大きい。

【病理組織学的診断】GIST、margin complete