2015/06/05

由来不明腹腔内腫瘍

中型犬のお腹が張っている。明らかに張っている。CTでは腹腔内ほぼ全域を占める塊。大腸や膀胱か?エコーでもCTでも由来は今ひとつはっきりしない。

開けるまでわからない。CTがまだ普及していない一昔前の緊張感を思い出す。こんなときは、正直に、取れずにお腹を閉じるかもしれないし、出血が多く命にかかわるかもしれないと話す。ただ、こうした巨大腫瘤で症状が軽い場合には、臓器への侵襲が少なく、難なく取れることが少なくない。だから覚悟を決めて開けると話す。ただ飼主さんにも相応の覚悟をしていただく。

開けて状況を確認すると、膀胱壁腫瘤と判明。取れるのでは?でもまだ奥が見えない。癒着した大網には、経過が長いことを思わせる、怒張した血管が走る。慎重に切断。癒着した大網を分離し、背側へ手を伸ばす。取れる。表面の脈管はすべて拡張し動脈は拍動していた。しかし前膀胱動脈がメインの栄養血管と分かり、しっかりと結紮できたあとは、膀胱部分切除。


術後トラブルなく元気にしているとのこと。あとは病理結果次第だが、恐らく平滑筋腫もしくは肉腫だろう。

2015/05/19

膵臓インスリノーマ

インスリノーマとは、膵臓ランゲルハンス島のインスリン分泌細胞の癌である。インスリン過剰のため、低血糖症状を示すその典型的な症状から発見が早い。膵臓やその他の臓器に発見された腫瘤は切除する。すでに転移している場合には長期生存はあまり望めない癌である。

外科医としては、実は膵臓はあまり好きではない。機嫌を伺うのが難しいのだ。

膵臓は血糖値をコントロールするインスリンを作っているだけではなく、蛋白を消化する強力な消化液を作っている。その消化液は普段は自分の身体を溶かさないようになっているが、きっかけをもらうと自分の身体であろうと消化してしまう力を持っている。そのきっかけが完全には解明されていない(解明されれば膵炎は怖い病気ではなくなるだろう)。手術で触っても引っ張っても、怒らない時は怒らない。でも怒るときはほんとに怒る。可能な限り炎症を起こさないように配慮し、予防的にダルテパリンを投与し、あとは祈るだけ。
そんな臓器である膵臓に癌が居る。しかもはじっこではなく膵体部。場合によっては治療を諦める場所である。

しかしCTのお陰で今回は、切除可能と判断した。最も大事な副膵管、総胆管、動脈からはギリギリ切除できるゆとりがあった。計測では膵十二指腸動脈からわずか7mmだが、解剖学的にはもう少しゆとりある(はず)。あとは覚悟を決めて、手早く切除する。残る場所が怒り出さないように優しく、しかし早く病巣を取る。これには従来のほじる方法は危険だ。左葉ごと一括切断して、素早く切除すべきである。

外科医の覚悟はできた。しかしハイリスクであることに変わりはない。患者さん側にも命の覚悟をしていただく。双方覚悟できない場合には手を出してはならない手術である。

膵臓切断では、血管膵管の処理が重要となるが、ギロチン法と呼ばれる縫合糸による結紮やシーリング装置、電気的な焼烙などがある。どの方法も一定の確率で膵臓を怒らせるが、経験上、ヘモクリップが良い。今回はリーガクリップLを5発使用し、膵体部を切断した。板状の構造を素早く確実にそしてやさしく結紮しながら切断する。

人では、膵体部を切除し、膵左葉の膵管を空腸へ縫合する「マイクロサージェリー」が行われるそうだが、まだ獣医では患者さんに適応できるレベルにない。幸い、膵臓は肝臓のように強い臓器であり、90%まで切除しても消化、血糖制御に影響はでない。

膵体部から左葉の一括切除。手術はイメージ通り、予定通り終わった。あとは膵臓が怒り出さないように祈るばかり。

1週間後、経過を聞いた。2日目に多少炎症反応が出たようだが、膵臓が怒り出すことはなかったそうだ。手術は、家に無事帰るまでが手術。緊張が、ようやく解けた。


2015/05/17

橈尺骨骨折



友人から連絡があった。知り合いのポメラニアンが骨折した。実は4日目、待たないほうが良いだろう。準備をしてつぎの日の夜、診察後に急行した。

橈尺骨骨折。尺骨は折れているが、骨膜が残っているのか変位がない。橈骨は骨幹部遠位短斜骨折。小型犬で最も多いタイプ。

今回は、文明の利器をかりた。シンセスVPロッキングコンデュラープレート1.5mm。
安定感抜群のこのロッキングシステムはかつては2.0mmしかなかった。このシステムは小型犬ほど力を発揮するだろうに、と待っていたものだった。


新しい技術は、理にかなったものであれば、外科医の技術を下げるとは思わない。先輩方の技術を学ぶだけでなく、常に新しい技術を生み出し使いこなして、外科という分野を先輩方の先へ進めることが若手(もう若くないが)の義務と思う。

2015/05/12

急患の手術

異物による腸閉塞疑い。
腸間膜基部への癒着

異物を容れて拡張した小腸は、腸間膜基部、膵臓左葉、脾臓に癒着。

すべての剥離は長時間となり侵襲が大きすぎると判断し、最低限の剥離とするため、腸間膜基部の癒着のみ、腸間膜動静脈を損傷しないように時間をかけて剥離し、膵左葉辺縁、脾臓は一括切除した。

腸間膜動静脈を傷害しないよう剥離
癒着や炎症が原因なのか、閉塞が先だったのか判断しにくい状況であったが、切除後の経過は良好であり、無事退院。

2015/05/04

ビルロート1型

幽門切除(胃腫瘍)

胃と十二指腸の堺にあるのが幽門である。今回は胃の腫瘍がその門に迫っていた。いやこれを越えていたのかもしれない。幽門部は拡張し幽門の括約筋は判別できなかった。

この場所には、手術難易度を決めるもうひとつの門がある。肝門部と呼ばれるその狭い門には、総胆管、門脈、肝動脈が通り、膵体部が近い。この門が侵されてしまうと手術のハードルは格段にあがる。ヒト医療では、胆管十二指腸吻合や膵管十二指腸吻合など高難度手術により拡大切除した後に再建可能であるが、獣医療では、すくなくとも標準治療としては行われていない。術前の説明としてはこの大事な門がやられていた場合、「開け閉じ」を覚悟していただくことを説明しなければならないため、幽門切除、ビルロートI型、胃十二指腸吻合というと合併症の多い高難度手術という印象がついてしまうが、幽門を切除すること自体が合併症多い訳ではないのだ。

CTを見るかぎりこの「もう一つの大事な門」はやられていなかったし、開腹触診でも大丈夫であった。総胆管を傷つけないように肝門部および小網の脈管を丁寧に胃と十二指腸から剥がし、大網も同様に胃から外せば、あとは病変を切除し、丁寧に端端吻合するという一般的な消化器手術である。

ただし、触診上(肉眼上)では取り切っても顕微鏡レベルで浸潤していれば残念ながら再発する。しかしそれを危惧して拡大切除するとほとんどの症例が大事な門を犯してしまい、治療できないことになる。このマージン判断は症例ごとに手術中に判断によるところが大きい。

【病理組織学的診断】GIST、margin complete


2015/04/22

また脂肪腫

立て続けに脂肪腫。珍しい病気は、不思議と続くものだ。

主訴は、眼球突出。頭部の形はあまり変わっていないが、CTでは側頭筋を置換しながら、腫瘤が拡大していた。浸潤性脂肪腫である。

腋窩の脂肪腫も珍しいが、側頭筋内に発生した浸潤性脂肪腫は初めての経験だった。腫瘍だけを筋肉や骨から分離することは再発必至であり無意味に思えた。頬骨、下顎垂直枝に接し、頭蓋骨にも近接していた。もちろん、眼球、頬骨腺、眼窩の脈管も近い。しかし、これまでの経験上、このCT画像、脂肪腫の性質上、側頭筋内に限局しているだろうから、頬骨および下顎垂直枝部分切除を行えば、en blocで切除できると根治を目標に立てた。

大型犬の咬筋および側頭筋は分厚く、下顎垂直枝の切断はかなり深部での操作になった。顔面神経は目視で確認し切断を避けた。また下顎内側の筋付着を処理する際、やや視野が狭く難があったが、ライトつきの拡大鏡のお陰で確実な処理ができた。CTで不安視された眼球、頬骨腺への浸潤はなく、側頭筋ごと一括切除できた。術後、顔面神経麻痺、開口閉口障害などの合併症もなく、退院している。

北大の細谷先生が以前に、浸潤性脂肪腫は罹患筋を中心に攻めれば再発しないのでは?と症例発表している。そうあってほしい。

2015/04/15

腋窩脂肪腫

CT-3DMPR
腋窩にしこり

脂肪腫は、犬では肥満細胞腫についで多く見られる、良性の腫瘍である。身体の何処にでも見られるが通常は体調に影響しないので、経過観察となることが多い。しかしできた場所によっては問題となる。また、浸潤性を示す場合、悪性腫瘍のように適切な切除が必要な場合がある。

これまで手術したのは、ほとんどが大腿部筋間脂肪腫、ときどき会陰部・骨盤内脂肪腫だった。今回は、腋窩(上腕内側)筋間。これまで腋窩は1度しかみたことがない。腋窩は、腕に分布する血管神経が豊富であり、今回も上腕動静脈、頭側皮静脈などが変位していた。明らかな浸潤性はみられず、筋間脂肪腫と判断した。進行緩徐で、症状がなければ経過観察したいところだが、腫瘤拡大、跛行ありのため、手術となった。

CTでアプローチを熟考し、上腕内側を遠位から近位方向へ切開し、胸部では腋窩を覗きやすく、深胸筋の走行を確認しやすいように頭尾方向へと半円状に切開を拡大した。

深胸筋を部分切除し深部を確認したところ、その腱膜下に発生した筋間脂肪腫で浸潤性は低いと分かった。栄養血管は上腕動脈から分岐しており、腕への血流を確保。重要な腕神経叢も圧排のみで剥離可能であった。

術後1週間程度で、手術前の疼痛は快方に向かっている。脂肪腫による腕神経叢圧迫が原因だったのだろう。